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2008.12.13
98.ほっといてくれ
◆窮状自治の背景◆
自治制度と財政システムが異なる東京23区と青森・津軽を比較するのは、ちょっと無理ではないかと思わなくもないが、伝えようとする内容は真を突き、さすがだった。12日の全国紙朝刊が1ページプラス半面を割いて地方の実態の一端を描いた記事は、久しぶりに新聞をじっくり読む機会になった。
「財政状況は厳しい」。都道府県と市町村に聞けば、おそらく全国一律の言葉が返ってくるだろう。日本一の富裕団体の東京都も、財政破綻した北海道夕張市も同じだ。しかし、その厳しさの中身は全く異なる。東京都下のように独自の上乗せ横出しサービスが自分の首を絞める原因になっているところもあれば、国が決めた最低限のサービスに抑えても収入が追いつかないところもある。
この差を埋めるのが、地方交付税制度だが、国政の都合で惨々な状態になっている。小規模町村への手当てを厚くしていた段階補正は、国策の市町村合併を成功させるために先行廃止され、その後の三位一体改革、新型交付税導入、歳出歳入改革と続き、都道府県と市町村で分け合う交付税の総額は抑制の名の下で削減が続く。しかも、国策合併促進のため、合併した市町村には交付税とは名ばかりの借金を負わせた。現在、交付税借金を抱える合併市町村は、15年ごろから借金返済で首が回らなくなる可能性があるという指摘は、その通りだ。同時に、合併しないで自己努力を続ける自治体は、国からムダな存在と宣告されたに等しく、自治の努力を国が握りつぶし、ますます生活が難しくなっている。自治の努力を国が握りつぶすのは、国が性懲りもなく地方自治を使った企みを抱いているのかどうかは分からない。
一方で、国策合併のPR役になってきた別の全国紙も前後して地方財政の記事を載せていた。この新聞は相変わらず数字だけの記事で、地方がどういう状況にあるのかは見ていない。「健全化比率」の記事で、最後に学識者が「指標の性格を学ぼう」と言っていたが、この新聞自身、この記事を書いた記者自身も、新聞を読んで数字の性格を学んで欲しいものだ。この紙、地方財政は悪い、地方は無能だ、小規模市町村はムダだ、財政を良くするには市町村合併に続いて都道府県合併も必要だという、「先入観と結論ありき」で、都合のいい数字だけを取り上げている嫌いがあるのは、このブログで、過去に指摘してきた通りだ。「健全化比率」の最終結果からは自治体の状態が見えないのは、商売や社会生活をしていれば普通に理解できる話でもある。
簡単に紹介しておこう。新興住宅街や市街地、首都圏近郊で人口が増加している都道府県や市町村は、社会インフラ整備などの初期投資がかかり、立ち上げ資金として借金額は自然と多くなる。成熟都市では、公共事業の新規投資は減り借金残高は減ってくるが、維持補修費が高く、住民、社員にかかる固定的な支出(義務比)や経常収支は悪くなる。3セクや公社は、国策の失敗のあおりで不良資産を抱えているところも多い。その結果が、健全化比率(といっても目新しい比率はない)に表れる。当たり前の話だ。全国一律基準の数字並べで良し悪しを判定できるほど、世の中は簡単ではない。なぜ、計算の結果、こんな健全化比率になっているのかを、同時に紹介しなければ、情報提供としては偏っているのではないか。表面現象は、新聞を読まなくても、普通の社会生活をしていれば肌身で体感できる話だ。自治体の場合、何もしなければ黒字になるが、なぜ借金をしてまで行政運営するのかの理由も考えて見るべきだろう。
そもそも、健全化比率に対する批判も自治体には根強い。「地方のことはほっといてくれ」と、大阪弁の市長が息巻いていたのを思い出すが、地方の財政破綻を、なぜ国が決めるのか、新聞が決めるのかという疑問は、いまだかつて答えが出ていない。大阪弁の市長は別に財政状態を住民に隠している訳でもなく、おそらく、新聞記者以上に市の財政状況は住民が熟知している。市長と住民が協力して自治を守ろうとしているところだ。それでも「ほっといてくれ」という大阪弁は、国が「あんた、もうダメやで」「お前はもう死んでいる」と決めつけることへの疑問だ。
国や新聞が、全国一律の数字遊びで、「もうダメ」「死んでいる」と決めつけることの影響は、国や新聞が想像できる以上に大きい。住民の財政正常化への協力努力の士気にもダメージとなる。そればかりではなく、自治体は借金をしなければ法や住民が望む行政ができない仕組みになっている。自治体にお金を貸すのは、国であったり、民間金融だったりする。国が勝手に、この自治体は「ダメ」「死んでいる」と烙印を押せば、民間資金が止められるおそれも生じてくる。国や新聞が数字だけで騒ぐことが、自治体が本当に死んでしまう引き金となる。「もうダメ」「実質的に倒産」と言われる企業に、民間金融がお金を貸さないのは常識。もし、「もうダメ」「実質倒産」が誤報や誤解、根拠ない思いこみであれば、民間社会では損害賠償を求めらる対象にもなる。自治体が相手だから、そこまでにはなっていないから、国も新聞も気が楽なのかもしれないが。
「新聞をじっくり読まないことを、おすすめする」「新聞に書いてあることが、全部本当だと思っているの」という発言を、最近、閣僚から聞いたが、そういう発言にも警戒すべきだろう。
さておき、政治色丸出しの減税や景気対策、交付税増額などの話が再び盛んになっている。こういう政治話は、地方の財政には百害あって一利なしだ。国策のために、国が褒められるために、過去に何度地方を利用し、地方を窮地に追いやってきたのか。国のご都合が、地方にどんな影響を与えてきたのか。今回の「地方利用」で、地方にどんな影響が出てくるのか。これまでの国政が地方に与えた影響だけでなく、今の国政の動きが地方にどういう弊害をもたらすのかという連載の続きを期待しよう。
ついでに「議会」のおはなし。地方議会、国会とも、定数の3分の1程度を、無作為抽出で選んだ住民、国民の議席にする「市民議員制度」を作ってはどうか。法治国家の司法部分で、市民にも判断できるとして裁判員制度が導入されるのだから、住民に直接関係ある政治に市民判断を入れることもできると思うよ。住民の側から見れば、代議員制度、議会議員制度が「もうダメ」「すでに死んでいる」状態なのだから。そして、地方自治体が、国を背任や詐欺で訴えることができるようにする法制度の整備。中央集権制度だったころに、国家権限を使って地方を巻き込み、そして投げ出した自治窮状の原因が、地方のあちこちに転がっている。
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